心理セラピスト あおい美癒

栃木県出身 1971年1月生まれ

 

バースデーナンバー 1-11-11

5歳下の弟&6歳下の妹がいる長女

  

桐朋学園大学短期大学 芸術科 音楽専攻卒

 

11歳の時 父親が双極性障害を発症

約10年間にわたり入退院を繰り返す

 

その父の影響で、常に「心」を意識して育ったが

意識の大半は「自分も父のように心を病むのかも」という不安と恐怖に向けられていた。

 

また、父が障害を発症する以前は

支配的な母による、気分次第の虐待と精神的ネグレクトがあった影響で

 

物心ついた頃から、親が家にいるときは安心したことがなく、

親の顔色をうかがうことを覚え、常に緊張状態でビクビクした幼少期を過ごした。

 

後に、心理学を学んだことで、幼少期の心的な経験が、自分の人格と性格の形成に大きな影響を与えていることを知り、自分で自分を育てなおす「育自」に励む。

 

その過程で気づいた「ご自愛」の重要性が、現在のセラピスト活動のテーマにつながっている。

 

また、それにより「自分に起きる出来事と経験は、それがどんな酷いことであっても、自分の人生の糧になる」ということを実感している。

 

 

よろしかったら

>>>もう一つの自己紹介もどうぞ❤

❤特徴と性質

❖よく笑う 笑いの沸点が低い

❖笑い声がデカい(祓いの効能がある)

❖基本性格は内向的(客観よりも主観を重視する)

❖楽天家だが繊細でビビりー(バランスが大事!)

❖空気を読んで壊すのが上手

❖愛とか人生とか魂とか答えの出ない話が好き 

❖想像力&妄想力&創造力が豊か

❖調子に乗りやすい

❖猪突猛進

❖集中力が半端ないため仕事に没頭すると日常生活が困難になる

❖お料理以外の家事は苦手

❖食いしん坊

❖不機嫌な時はお腹がすいているとき

❖やると決めたことは完璧主義になる(その他はアバウト)

❖経歴と職歴の中で経験した心の変化

短大卒業後

地元宇都宮の建設会社に入社

 

そこでOLをするかたわら

声楽家としての演奏活動と

ちびっ子の音楽教育に従事

 

 

入社半年が経った頃から

直属の女上司(母と同い年)からの

意味不明で陰湿な個人攻撃が始まる

 


社内で彼女と親しい人たちに相談したが

「耐える」「我慢する」以外のアドバイスは頂けず

 

自分なりにも色々と悩み・考え

態度を改めるなど頑張ってはみたが

ますます悪化するばかりで失敗(^_^;

 

 

最終的に「女性特有の嫉妬」と断定

攻撃を華麗にスルーして自分を守る術を覚えた(笑)

 

 

ただその間は、ストレスによる(と思われる)

片頭痛、高血圧、微熱、むくみなどの

体の不調が恒常的に続いていて

 

オバはんの攻撃開始から9ヶ月目頃には

摂食障害の過食嘔吐が始まる。

(摂食障害とは以後10年ちょっとのお付き合いが続く)

 

 

そんなこんな日々を2年半続けたが

挑戦してみたい仕事を見つけたので丸3年で退社

 

 

事務職を3年間経験した中で私は、

自分のいわゆる「強み」を見つけていた。

 

『声』だった。

 

 

とにかく電話対応が大好きで、

クイズドレミファドン!の回答者並みの勢いで

事務所に入る電話を、嬉々として受けていたし、

 

とにかく、毎日のように

「今日もいい声だねー」とか

「みゆちゃんの声を聴くと元気になるよー」とか

社内外問わず「声」を褒められ続けていたことで

 

ふと「もしや私の声って武器?」と気づいたのだった。

 

(我ながら、イイ勘をしていた(⌒∇⌒)

 

 

そして、その気づきから生まれた望み

「声を使った仕事がしたい!」だった。

 

 

 

それから友人・知人に

「声を使った仕事、ないかなー?」と

声をかけまくっていたら

 

ある日

「結婚式の司会者募集してるらしいよ!

 みゆちゃんのこと話しておいたから!」と

友達から連絡がっ!

 

 

同時期に

「結婚式の司会者募集してるよ!」と

母が見つけてくれた求人広告を見てびっくり!

 

 

 

なんと、友達が連絡をくれたのと

同じプロダクションの募集広告だったのだ!

 

これはもう「ご縁」を感じざるを得ない。

 

ということで、次の道は決まった。

(今思えば、引き寄せの法則がバリバリ働いていた)

 

 

事務職兼任の正社員としての雇用だったけど

司会者としては「修行の身」ということで

月給9万円でスタート。

 

 

栃木訛りを標準語化する矯正と

胸を張って人前に立つマインドのコントロールには

めちゃくちゃ苦労したが

3か月間の猛特訓の末、司会者デビュー!

 

 

平均で月10本前後のご披露宴を担当してました。

 

 

 


その後の12年間で

 

ブライダル司会、イベント司会、

テレフォンオペレーター

テレフォンアポインター、

システム管理者、クレーム処理、

ホームページデザイナー

ホステス、飲食業のホールスタッフ

IT企業の広報担当など

 

23の職場を渡り歩き、10種類くらいの業種・職種を経験

(常に2足以上のわらじを履いていた)

 

 

好奇心旺盛で

「色んな世界を知りたい!」と自ら望んで

様々な職を転々としていたつもりだったが・・・

 

その実態は、ほとんどの職場で

直属の上司との関係がうまく築けずに

悩むことが多く、いつも”生きづらさ”を感じていた。

 

 

ちなみに、人間関係が良好で楽しかった職場も

3社あったのだが 、その3社は全て倒産してしまった。

 

30歳からの3年間で3社連続の企業倒産に遭遇・・・!

 

まるで、ツイてないアラサー女性が主人公の

コメディドラマを観ているかのような経験をした(苦笑)


34歳で入社した最後の勤務先で

人生最大のターニングポイントを迎えた。

 

 

この職場でも、やはり

入社後1か月で上司との関係に悩んだのだが

 

その悩みをきっかけに

 

「私は根本的な何かを変えなければならないのかも?」

 

と気づいて、自己探求をはじめたのだ。

 

 

その気づきのショックは、かなり深く

無我夢中で「そのための道」を探したところ 

はづき虹映氏のスピリチュアル論に出会い、

「私が求めていたのはこれだ!」と確信❤

 

 

一気に、スピリチュアルな学びにのめりこみ

 

❤自分の内側としっかり向き合う

❤自分自身を理解する

❤自分の人生を真剣に考える

 

という作業をガッツリやった結果

人生初の上司との関係修復に成功する(*´▽`*)

 

 

また、その効果は「関係修復」にとどまらず

上司と部下の深い信頼関係を築くこともできた。

 

そして、その信頼の波動は、部内の人間関係や、

部署をまたいでの人間関係にも、次々に波及していき

楽しく嬉しいワクワクするつながりがどんどん増えていった。

 

 

そして私は、そのつながりの中に、

ピカリンと輝く、現ダーリンの存在を見つけたのだった~♪( ´艸`)

 

 

この一連の流れは、まさにミラクル!だったと感じている。 

 


❖恋愛と結婚について

 

恋愛に関しては・・・

恋多き人生ではあったものの

 

のめりこんで好きになる相手は全員

彼女がいる人か、妻子持ちで

セカンド&不倫の常習者だった。

 

 

 

ただし、略奪愛の願望はなくて

基本スタンスは「来るもの拒まず・去る者追わず」

 

 まるで・・・オトコだ・・・と、今は思う(笑)

 

 

 

 

34歳の時。

生まれて初めて

「ずっと一緒にいたい。結婚したい!」と

思える男性と出会った。

 

 

それまで、頑固なまでに

「結婚」という選択を

自分の人生から排除していた私にとって

 

その出会いは、

まさしく「運命の出逢い」だった。

 

 

 

だって

 

結婚というものに「夢」どころか

希望のひとかけらさえ持ってなかった

 

私の人生観を

180度ひっくり返して

 

誰かと一緒に生きるシアワセってあるんだ❤

 

と気づかせてくれた人なのだから(⌒∇⌒)

 

 

 

 

 

しかし、その運命の出逢いは

「結婚」には、つながっていなかった。

 

 

 

付き合い始めて3年が経ったころ

彼には、私以外にもう一人、

ステディな関係の女性がいることがわかった。

 

 

 

彼の口から聞かされたのではなく
なんとなく感じていた違和感に耐えられず

メールを盗み見したことで判明した事だった。

 

 

(注:イイ子は真似しないようにね!!)

 

 

 

ショックだった・・・。

ショックすぎた。

 

 

 

一番にショックだったのは

 

 

 

 

やっぱり私は、

セカンド用の女だってこと?!

 

 

神様に、そう突きつけられたように感じられたことだった(笑)

 

 

 

やっと見つけた・・・

 

誰かと一緒に生きるシアワセ❤

 

だったのに・・・

 

 

 

やっと

自分を幸せにしてあげることに

許可が出せて、嬉しかったのに・・・

 

 

やっぱり私はセカンド程度なのーーー?!

 

 

それまでは、自分の人生を、

案外、楽天的にとらえていた私だったが

 

この時ばかりは、ショックすぎて

文字通り「人生に絶望」し、自殺も、考えた。

 

 

でも、いざ死ぬ方法を具体的に考え始めたら「死ぬ勇気を持つより、生きる勇気を持つ方が簡単だ!」と考えが一転。

 

 

 

「彼と結婚する!」という希望はそのままに

 

自分自身と、しっかり向き合い、本当の意味での自分にとっての幸せを追求、探求する生き方にシフトした。

 

 


その後、はづき虹映氏、心屋仁之助氏との出会いをきっかけに、スピリチュアルや心理などの「目に見えない世界」を学び、日々の実践を始める。

 

 

 

そこで私が、はじめに気づいたことは

 

それまでの自分の身に起きた様々な困難は、すべて”私に必要で大切なメッセージだった”

 

ということだった。

 

 

 

そして、自分の魂の求める道が

「目に見えない世界の探求」であることにも気付き

 

・ヒーリング

・リーディング

・チャネリング

・カウンセリング

・心理療法の技術

 

約1年間で一気に習得して

今につながる道を、一目散に進んできた。

 

 

 

私にとって、それらの習得・学びは

イコール 自分自身と真剣に向き合い、

ありのままの自分を認め・愛する

「幸せのための自分改革と自分育て」のプロセスだった。

 

 

そして、そのプロセスが一段落したとき、

絶妙なタイミングで、今の主人と出会った。

 

 

主人は、私が、それまでに愛した男たちの

「素敵なところ」を全て兼ね備えていて、

 

(過去の)彼らに、

決定的に欠けていた部分(私にとって)を持っている人だった。

 

 

 

主人と出逢ったときの私は

 

 

「本当の自分を生き始めた私へのギフトだな・・・」

 

 

と感じ 

 

 

「この人と生きれば、もっと自分を活かすことが出来る」

「彼もきっと、自分を活かすことができる」

 

 

と確信。 

 

 

 

 

初めてのデートから約1ヶ月で

 

自己探求を始めてから8か月間
どうしても、諦められなかった

「彼」との希望的な未来への執着を手放し

 

現主人との結婚を決め、半年後に入籍。

 

 

2017年6月に結婚生活10周年を迎える今

 

まさに、私の確信どおりの

「お互いに自分を活かす」方向に歩んでいると実感している❤

 

 

あの時、希望を捨てず、あきらめずに、生きることを選び、がんばり抜いた私に・・・感謝!!!(*^▽^*)

 


主な資格取得・経歴

 

2006年

現代レイキ サードディグリー伝授

 

2007年4月

日本誕生数秘学協会 誕生数秘学カウンセラー認定

 

2007年5月

心屋仁之助氏に師事

 

2007年7月

ネット占いで鑑定士をはじめる(1年間で約400名を鑑定)

 

2007年9月
心屋心理療法マスターコース修了

 

修了後 約3年間

心屋氏のセミナーアシスタントを務める

 

 

2008年3月

誕生数秘学入門講座を自主開催

これが講師としてのデビューとなる

  

2008年10月

心理カウンセラーとして独立

自宅でカウンセリング業務をはじめる

 

2012年1月

乙女のご自愛道場を立ち上げ

ご自愛マスターコースをスタート

 

2012年2月

おのころ心平氏に師事

自然治癒力学校主宰

ココロとカラダ塾 認定講師コース修了


2013年2月~2014年8月

自然治癒力学校にて

(東京・横浜・神戸・名古屋・仙台の各教室)

心理系の講座を監修し講師を務める

 

2013年12月

クエスト研究所

アートセラピー・メンタルケアアドバイザ―認定

 

2014年9月

ご自愛カウンセラー養成講座をスタート

 

2015年4月

一般社団法人日本プロカウンセリング協会認定

2級カウンセラー養成講座修了

 

2015年6月 

一般社団法人日本プロカウンセリング協会認定

FITファシリテーター資格認定講座修了

 


2016年5月
 

一般社団法人日本プロカウンセリング協会認定

1級カウンセラー養成講座修了

 

2016年6月 

一般社団法人日本プロカウンセリング協会認定

ビヘイビアタイプⓇメソッドセミナー修了

ビヘイビアタイプⓇコミュニケーションセミナー修了