あかい光之助 波乱万丈ストーリー

1966年5月 長崎県で長男として誕生。

生後まもなく両親は離婚。

 

母方の祖父母のもとで、6人兄弟(母の兄弟)の末っ子として育てられた。

  

6歳の時、母が現在の父親と再婚。

福岡県での生活が始まる。

 

 

 

当初は「長崎のじいちゃん、ばあちゃん、ねーちゃん、にーちゃん所に帰りたい」と1週間くらい泣き叫び続けていたそうだ。

 

あの頃、自分がどれだけ不安で寂しかったか、今でもハッキリと覚えている。

新しい生活になじめないし、全ての大人に対して心を許すことが出来なくて”きかん坊”になっていた。

 

 

小学校に入ってからも、かなりの暴れん坊で、両親がよく学校に呼び出されていた。

この頃の僕の口癖は「僕は養子だから」だったそうだ(拗ね拗ね星人(^^;)

 

もしかすると、子供のアタマで考えだした「迷惑をかければ長崎に送り返される(ラッキー!)」作戦だったのかもしれないw

 

 

小学校は2回転校した。友達が出来たと思えばすぐに転校。

そのせいもあったのか、よく父親に叩かれた。

 

小学校2年のある日、父親が言った

「4年生になるまでは、悪いことをすれば何度でも叩く。しかし、4年生になったら一切叩かないから」と。

 

当時は何のことか分からなかったが、大人になった今は「1人の男として認める」といった意味だったのだと理解し、感謝している。

 

このころから「本当の父親」と思うようになったことを、最近になって思い出した。

 

 

 

高校は父が望んだその地区の進学校に入学した。父はすごく喜んでくれた。

この頃には父が義理の父親であることはすっかり忘れて、本当の父親だと思っていた。

 

 

20歳で東京の独立系のIT企業に就職した。

 

時代はバブル絶頂期。

就職は1人に対して20社程の求人があった。

 

大手メーカーという選択肢もあったが、自由に働きたい気持ちと、大手企業の1歯車として働きたくない思いがあったため、 独立系の中小企業を選んだ。

 

 

その後「自由 に働きたい!」と言う思いが、ますます強くなり、25歳で会社を辞め、仲間内3人で水道屋さんとして起業した。

 

波瀾万丈第2章の始まりだ。

 

従業員10名程の会社で、仕事はきついが達成感と、人との繋がりが楽しかった。

 

何かあれば相談し、笑って泣いて、朝まで将来について語り合い飲み明かした日もあった。家族のような会社だった。

 

 しかし、起業から3年後、出張から帰ったら事務所は空っぽ。

社長が全資金を持って、逃げてしまったのだ!!!!!!!

 

その会社の残務処理で多額の借金を抱えたが、約2年間、1人で仕事を続けた。

 

苦しい時期だったけれど、僕にとっては、かけがえのない2年間だ。

たくさんの人と出会い、その人たちの優しさやあたたかさに触れ、助けられ、生きる上で大切な「心」を学ばせてもらった。

 

生意気だった僕が『感謝』の気持ちを持てるようになったのは、あの苦しい経験があったおかげだと、本当に感謝している。

 

 

 

 

 


 

33歳の時。

1人の女性と出会い、結婚をした。

 

波瀾万丈 第3章の始まりだ。

 

1年くらい経ったある日。

彼女から、過去に精神疾患を患い6年間入退院を繰り返していたことと、子どもがひとりいることを告白された。

 

僕は、死ぬまで一生添い遂げる覚悟を新たに持ち、すべてを受け容れた。

 

 

とはいえ・・・

正直言って、彼女との生活は、苦労の連続だった。

 

初めのうちは、症状が出ているときの彼女の言動が全く理解が出来ず、どのように対応してあげたらいいのか、全く分からなくて、怒鳴り散らしてばかり・・・。

とにかく、不安と闘うばかりの毎日だった。

 

 

でも、悪戦苦闘の中、ある心療内科の名医に出会うことができた。

その医師によって、彼女には「境界性人格障害」という新しい診断が下された。

 

 

 

そして、その新しい診断に合った、的確なアドバイスとご協力をして頂いた。

おかげで、僕も対応方法がわかり、彼女の症状はみるみる回復して行った。

 

 

 

しかし・・・

結婚7年目で、彼女はこの世を去ってしまった。

 

自死だった。

朝までは何事も無く過ごしていたのに。

 

 

「私、今日死んでしまうんだよ」と言って泣いていたのを思い出す。

「そんなはずない、死なないよ」って言った覚えがある。

 

 

実は、彼女は変な能力を持っていた。

僕には見えない誰かと話をしたり、僕の少し未来を予知したり出来る人だった。

病気のせいと思ったこともあるが、今思うと、目に見えない世界とつながっている人だったのだと思う。

 

その能力を、自分でも理解出来ず、もてあましていたのかもしれない。

 

 

今の僕なら、、、彼女の命を守れたのかもしれない。

 

 

・・・と思うのは、傲慢だろうか・・・?

 

まだ、その答えは出ていない。

 

 

 


 

彼女の3回忌が終わってすぐ、今の妻(あおい美癒)と出会った。

 

最初に声をかけてきたのは美癒の方だった。

「誕生日いつ?」って(笑)

 

その時、元妻から「もういいから、次にいって」と言われた気がした。

 

僕にとって、美癒との出逢いは、目に見えない世界との出逢いだった。

 

スピリチュアルな世界にも興味を持ち、はづき虹映氏と出会ったのもこの頃。

美癒の言った「誕生日いつ?」の正体がそこにあった。

 

そして「あなた、会社で浮いているでしょう。それは仕方ありません。あなたは・・・だから」と言われ、「えーーー」ってショックを受けた話が、腑に落ちた。

 

 

僕の普通」が「世の中の普通」では無いことに気づいた歴史的な瞬間だった。

 

 

 


 

僕の波瀾万丈の最終章は、パワハラ。

 

2014年9月

僕は、18年間勤めた会社を退職した。

 

この年の4月から、所属セクションの担当常務によるパワハラが始まった。

 

きっかけは、部署内の連絡報告ミスだったのだが、なぜか僕だけが「責任をとれ、辞表をだせ」と、執拗に言われ続けた。

 

 

とにかく理不尽きわまりない。

そうされる意味がわからない、状況把握が出来ない、どう対処していいか解らない。

 

人事、内部監査室、倫理委員会に相談をしたが対応が遅く埒があかない。

誰も頼りにならない・・・。

 

 

実は、この常務、パワハラの常習犯だった。

僕の前にも約10人の社員が、彼の個人攻撃によって心のバランスを崩し、退職に追いやられていたのだ。

 

その事実を、会社側は黙認していた(ようにしか見えなかった)

 

だから僕は「最悪、退職をするにしても、会社側に事実を認めさせてからだ」と心に決めた。

 

ある日、パワハラの実態を録音した音声を証拠として会社に提出した。

結果、会社はパワハラが行われていたことを認めた。

 

 

 

僕自身の経験から、声を大にして言いたいことは

 

「パワハラは、1人で悩まず、相談すべき所に相談し、高じられる策はすべて実行する」に限る!

 

ということだ。

 

 

会社と言う組織は、どうしても”個人”を守るより、組織を守ろうとする。

つまり、自分は自分自身で守るしかないのだ。

 

 

僕は、思いつく限りのありとあらゆる法的機関に相談をした。

弁護士、行政書士、労働基準監督署、労働局、都の労働者相談センター・・・etc

 

僕の場合は、都の労働者相談センターの相談員さんの助言に救われた。

 

 

また、5ヶ月間に及ぶ個人攻撃によって、僕も鬱になりかけた。

が、幸いなことに妻が心理カウンセラーだったので、かなり助けられた。

 

心のバランスが崩れた状態では、証拠を集めることや、組織に訴え出ることも出来なかったと思う。

 

その経験から、もし、少しでも「鬱っぽいかも?」って感じたら心理カウンセラーや医療機関に相談することをオススメする。

 

特に、我が妻のカウンセリングは、かなりオススメだ(笑)

 

 

 

さて、最後に、退職してから現在に至る話を少々。

 

 

退職後の僕の再就職先は、なかなか決まらなかった。

 

 

アラフィフの再就職って、こんなに難しいものなのか?

 

 

やっぱり、世の中は、そんなに甘くはないのか?

 

 

それとも、実は、オレってヤツは、

社会的に”使えないヤツ”と見なされてしまう存在だったのか?

 

 

自分に対する否定的な気持ちが湧いては消え、消えては湧き・・・。

情けない自分に、悲しいやら、腹が立つやら、恥ずかしいやら・・・。

 

 

しばらくウダウダしていたのだが・・・

 

 

ある日、そんな僕を見かねて、妻はこう言った。

 

「あなたには、会社にお勤めする道以外の道も、見えてるんじゃないの?

 そっちの道を決めなさい!ってメッセージかもね?」

 

 

 

2015年3月

 

今までの波瀾万丈な人生経験の中で学んだ事を活かす仕事がしたい

 

と、心に決めた。

 

 

結局、僕の進むべき道は、結婚当初から妻に「一緒にやりたいんだけど」と言われていた『心の世界』に続いていた。

 

 

 

これって、妻の尻にひかれてる・・・ってことかもしれないが?!(笑)

 

 

 

出逢いの不思議。

人生の不思議。

 

不思議だけれど・・・

すべては、偶然ではなく必然。

 

 

僕の数々の波瀾万丈は、必然的に、いつも幸せに続いていた。

 

今の僕は、その実感と感謝に包まれて

ますますの幸せに向かっていると感じている。

 

 

これを読んでくれているあなたの波瀾万丈も、実は幸せに続いている。

 

さぁ、僕と一緒に、あなたにとっての幸せの道を歩みませんか?

 

僕の強みである「受容力」で、あなたを精一杯サポートしますよ!!

 

 

 

カウンセラーに関する主な資格取得・経歴

2008年
・あおい美癒の初講座でアシスタントを勤める

はづき虹映氏との出会い スピリチュアルな世界に興味を持つ


2012年

「乙女のご自愛道場」の会長として「あおい美癒」をサポート

 

2012年11月

クォンタムタッチⓇレベル1取得

2015年2月

クォンタムタッチⓇレベル2取得

 

2015年4月 

一般社団法人日本カウンセリング協会認定 2級心理カウンセラ養成講座修了

2015年6月 

一般社団法人日本カウンセリング協会認定 FITファシリテーター資格認定講座修了

2015年12月 

一般社団法人日本カウンセリング協会認定 1級心理カウンセラ養成講座修了

 

現在

企業向け人材コンサルタント、ファシリテータとしての活動中